テナーギターをご存知ですか?

我が家は、家人、長男・長女、いずれもピアノを演奏できますし、子ども達は歌を生業にしています。唯一、私だけがもっぱら聴くのが専門(パトロンだという噂も ^_^;)で、楽器をやらないで来ました。
しかし、一昨年一念発起して、楽器を先生について習うことにしました。
その楽器が、テナーギター。

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弦が4コースの小型のアコースティックギター。バリトンウクレレという人も居ます。
そして大抵の人が、それでポピュラーやハワイアンなどを弾くようですが、私はクラシック。それもバッハの無伴奏チェロ組曲を練習して(させられて?)います。

これまでバッハの曲を聴いて来て、その旋律、響き、和声その他諸々分かった気になっていましたが、実際に自分で弾くようになって、その理解がいかに浅いものであったか、思い知らされています。

ただ楽譜通りに弾けば、あのバッハの世界が構築できるわけではなく、バロック音楽の、そしてバッハの楽曲の、歴史的背景や暗黙の了解ごとなどを含めて理解しないといけないこと、そしてそれを理解すると、少しはあの世界に近づけることを知りました。改めて、バッハの音楽の凄さというものを、この体験によって知る毎日です。

できれば上手く弾けるようになりたいと思いますが、それよりも上述した事のほうが、より私にとって大事だと思えるのです。

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# by michinokuhitori | 2016-01-11 20:21 | 音楽

顧問の音楽帳:ハイドンの主題による変奏曲 作品56a


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     (wikipediaより)

ブラームスは、ベートーヴェンと並んで、変奏曲の名手と称されています。彼の主要な作品には、主題と変奏という形をとった楽章が少なからずあります。そして、変奏曲として独立した優れた作品もあります。今日ご紹介するハイドンの主題による変奏曲は、名実ともに傑作と言っていい作品でしょう。古雅な主題を素材に、縦横に変化させてみせるその手腕は実に見事です。2台のピアノによる版とオーケストラによるものがありますが、後者のほうが知名度は高いでしょうね。

主題、8つの変奏、そして終曲からなっています。ハイドンの主題によるとありますが、最近の研究で、どうもハイドンが創出したテーマではないようです。しかし、例えば終曲のパッサカリア(スペイン由来の三拍子の器楽舞曲)には、ハイドンの交響曲101番”時計”の引用があり、管弦楽に変奏曲形式を導入したハイドンの先駆的な試みに対するオマージュ(あるいはリスペクト)的な意味合いはあると思います。

そのオーケストラバージョンを、カラヤン、フィルハーモニア管による演奏でどうぞ。(Youtube)


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# by michinokuhitori | 2014-04-13 10:42 | 音楽

顧問の音楽帳

努力の人ハイドンは、苦節30数年(それは縛りの多い宮仕えと世に名高い悪妻のため?)の後の58才の時に、自国オーストリアのウィーンを立ち、ヨーロッパを横断し、初めての外国、イギリスのロンドンに向かいます。
そのとき既にヨーロッパでその名が広く知られるようになっていたハイドンを、ロンドンの興行主が招聘して、彼の自作の交響曲を中心とした演奏会を開くためでした。
ハイドンの目には車窓の景色はどのように映っていたんでしょうか?その想いを追体験しようと、ハイドンがたどった鉄路をなぞった旅の記録がこの本です。


(ヨーロッパ各停列車で行く ハイドンの旅、 児井正臣著
 幻冬舎ルネッサンス新書)

さすがに一度にとは行かず、4年を掛けて実行していますが、便利な特急や急行を使わず、各停でと言うのが著者のこだわりでしょうか。また、ハイドンがたどった経路と書きましたが、著者も最初に断っているように、実はそれは記録として残っていないため(見つかっていないため)、想像を働かせて決めたとのこと。おかげでその過程でハイドンにまつわるいろんな事柄がわかるという想わぬ余禄があったようです。

いずれにしても、このような鉄道の旅を定年後に体験できた著者はそれだけでも幸せな方だと想います。
私もいつかそんな旅をしてみたいと思いますが、さていつになることやら。







 
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# by michinokuhitori | 2013-06-10 22:26 | 音楽

顧問の音楽帳

私はアマチュアのマンドリンアンサンブル団体の顧問をしています。
自分は演奏しないのですが、少しはクラシックを愛好するものとして、距離を置いて客観的に活動を見ることができるだろうということで、その団体から、そんな役を振られた訳です。実情は、裏方、パシリ?かも知れませんが (^^;)。

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写真とブログの内容とには、直接の関連性はありません (^^;)

そうやって長年(といってもちょうど7年ですが)付き合って行く中で、この団体だけではなく、関連の他の団体も含めて、地方におけるアマチュア音楽団体のあり方というものの難しさ、問題点をいろいろと考えさせられました。

一般的に言っても、何を目指しているかによって団体のあり方が大きく異なります。その技量はともかく音楽好きが集まって、一緒に舞台に上がれればOKと言うところもあれば、ある意味体育会系の乗りで練習に精を出す所もあるようです。

しかし、いずれもプロの音楽団体とは違います。演奏のレベル云々を言っているわけではありません。有名プロオケの手抜きの地方公演(よく見かけます)より、一年間かけて練習してきたアマオケの演奏の方に魅力を感じることは往々にしてあります。

では何が違うか。それは特に地方において、その活動自体を客観的に評価する尺度が必ずしも存在しないということです。全国レベルのコンクールに出るというのであれば別ですが、そういったものと無縁なアマチュア団体の活動は、批評家の厳しい評価を受けることは一般的にはなく、ある意味自分たちが満足出来たかどうかが重要なわけです。その点がプロとアマの違いの大きな点の一つでしょう。

そして地方の、いわゆるプロの団体がいない所では、そのようなアマチュア団体がプロの団体の代わりをさせられる(あるいはそういう役を自ら荷なっていると自負する)場合があり、そこに大きな錯覚を生む素地が存在すると思います。自意識が肥大するとともに、他の批評を拒むことになってゆき、ますます客観的な指標を見失い、演奏のレベルが低迷するといったこともおこるようです。その一方で、向上心を強く持つ部員は、場合によって団体の和を乱す要素として、阻害される存在にもなりかねません。

私の中で、もちろんこれに対する的確な回答があるわけではありません。ただ、地方のアマチュア音楽団体が、向き合うべき問題の一つであるとおもいます。
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# by michinokuhitori | 2013-01-27 23:39

顧問の音楽帳

歴史の作り出す偶然のおもしろさ

今日はバルトークと並ぶ20世紀に活躍した作曲家ハンガリーの作曲家コダーイ
(1882-1967)の”ハーリ・ヤーノシュ”(テンシュテット指揮、ロンドンフィル)を
聴いていました。すばらしい演奏ですね。
この指揮者はがんのため、まだまだこれからという時に亡くなったのが大変残念です。

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(Klaus Tennstedt The Great EMI Recordings CD No.13)

しかしこの曲、あれっ?どこかで聴いたメロディだなと途中で感じ始めました。
特に終曲など、ヤナーチェク(1854-1928)の”シンフォニエッタ”の中に出てくる
舞曲風のメロディとソツクリでビツクリ。
(ちなみにシンフォニエッタは村上春樹が小説1Q84で取り上げて、一躍注目を
 浴びたようですね。まだ読んでませんが。)
こちらの曲の舞台がブルノというモラヴィア地方(現チェコ)の中心地。
そういえば、昔モラヴィアはハンガリー帝国に支配されていたんですよね。

コダーイがハンガリーを中心に民族音楽の収集を精力的にしていたことは有名で、
恐らくそのときにモラヴィアに残る民族音楽も集めたんではないでしょうか?
一方、ヤナーチェクも自国モラヴィアの伝統音楽を研究し、作品に生かしてていた
ようですから、その辺りに接点があるのかもしれません。

二人の間に交流があったかどうかは定かではありませんが、歴史があやなす
おもしろさを感じます。
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# by michinokuhitori | 2012-03-27 21:30 | 音楽

顧問の音楽帳

危 惧

あれから早いもので4年が経ったんですね。
なにがって、プリマヴェーラのチャペルコンサートです。

そのときに作ったのがこのCD
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(マンドリンアンサンプル研究会プリマヴェーラ チャペルコンサート 2008)

おかげさまでこのCDも500枚作ったのですが、おおかた捌けました。
私も顧問として(マンドリンを演奏しないので(^_^;))、そのジャケットに以下の文を
寄せさせてもらいました。

今読み直しても、そのときの思いは変わっていません。

***********************************

プリマヴェ-ラのCDに寄せて

クラシックにおいて近年めざましいのは古楽アンサンブルの隆盛である。
とにかく古楽器でバロック音楽を演奏すればよかった時期を経て、
今ではそこで培われた新たな解釈・奏法をそれ以降の楽曲に当てはめて、
クラシック界に鮮烈な息吹を吹き込んでいる。古楽演奏の旗手、アーノンクールや
ノリントンらがモダン楽器のオーケストラの指揮に引っ張りたこなのが、
それを如実に示している。絵画・彫刻などと違って音楽は再生芸術であり、
演奏というプロセスを経て我々に提供される。そのため演奏者にその音楽の
生死が委ねられているといっても過言ではない。

では、マンドリン演奏の現状はどうだろうか?
その回答はここでは差し控えるとして、そもそもプリマヴェーラという団体は、
マンドリン演奏という括弧で括ることなく、演奏の基本であるアンサンブル本来の
姿に立ち返り、各楽器の個性を引き出しつつ、全体の調和を動的に取る事を
目標に練習を重ねてきた。指揮の野村氏の注力は無論そこにあった事は想像に
難くない。

もちろん実際の演奏は理想にはまだまだ遠く、個々の演奏技術の向上も望まれるが、
なにより今回のチャペルコンサートは、多くの暇癖にもかかわらず、 その目指す方向が
間違っていなかった事を雄弁に語っていると思う。これまでのマンドリン演奏には
なかった新しい息吹が感じられるというのは言い過ぎだろうか?
その判断はこのCDを聞かれる方々に委ねたいと思う。

(2008.10.4)

***********************************

残念ながらマンドリン界はその当時と少しも変わっていないようです。
オーケストラの基本はアンサンブルであるというのは、音楽の世界では常識だと思って
いたのですが、ここではそうではありません。
人気のあるいくつかのマンドリンオーケストラが演奏をYoutubeなどに載せて
いますが、確かに一人一人の技量は高いものの、各人が格闘技の如く最大音量で
かき鳴らしているとしか聞こえず、アンサンブルの本質とは遠いところにあるように感じます。
まるで体育会系の部活の乗りです。

大相撲が、その閉じた世界において、伝統という名に隠れ、それ以外の世界では
とうてい通用しない価値観を固守して来たがために、それがいつの間にか変性し、
ついにはその世界が内部から崩壊しかねない状況に陥っています。

願わくば、マンドリン界がその轍を踏むことのないように願うばかりです。
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# by michinokuhitori | 2012-03-03 22:08

顧問の音楽帳 

嵌まっています


モーツァルトミサ曲全集(Peter Neumann指揮, Collegium Cartusianum,
Koelner Kammarchor )

このボックスセット(ほんとにいいの?っていうくらい安い)を買った直後は、
あまりにおもしろくてぶっ通しで聴いたのですが、最近また思い出したように
聴いています。

例えば、CD1の最後のSpatzen-Messe(すずめのミサ?)
そのBenedicutusのたたみかけるようなエンディングのところなど、愉快な
オペレッタを聴いているような錯覚を起こします。

ほんと、ミサ曲がこんなに楽しくっていいんかいと、ツッコミを入れながら
聴いてしまいました。まあ、ミサ曲をそんな風に聴くのは不謹慎と云われそうで、
あまり大きな声では云えませんが。

天才モーツァルトの天才たる所以は、このように決して自己の中心の仕事では
なくても、あるいは気が進まず仕方なく(?)作った作品も、誰にもまねの出来ない
ものに成ってしまうと云うことでしょうか。

興味ある方は聴いてみてはいかがでしょうか。といっても、いかに安いとは云え、
試し聴きにBOXを買うはあり得ませんよね。Amazonで1曲100円で(別の団体の
演奏ですが)ダウンロードして聴くことが出来ます。
気になる方はお試しを。
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# by michinokuhitori | 2012-02-27 23:30

顧問の音楽帳

一日一枚





一日一枚ずつKarajan 60s recording BOXセットの中のCDを、例によってFLACに
変換してパソコンに取り込んで聴く一方、AppleLosslessに同時に変換して、iPodに
取り込んで通勤の行き帰りに聴いています。
そして、いよいよBeethovenの交響曲全曲シリーズに到達しました。

彼の60年代のBeethovenのシンフォニーは、ピリオド奏法を取り入れた現代の
演奏からすると至極まっとうなものですが、いずれも高いレベルの演奏、ようするに
粒が揃っていてまとめて聴いても裏切られないということです。今では普通となった
Beethovenの交響曲を全集としてリリースすることが、このときに確立したというのも
頷けます。

それにしても、このジャケットのカラヤン、かっこいいですね。
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# by michinokuhitori | 2012-02-19 11:37

神頼み!

音楽ネットワーク弘前の合同演奏会、いよいよ明日に迫りました。

まあここまで来てジタバタしても仕方ないのですが、不安材料がたくさん・・・・

1stの弱音器の装着に思いのほか時間がかかります。
焦るとなお時間がかかる・・・
ここはぜひ平常心で、落ち着いて取り組みましょう。


どんなに真面目に、どんなに時間をかけて取り組んでも、
できないものはできないのだ、という現実を受け止めることも必要です。
限られた能力の中でできる、最大限のことをみんなでがんばってみる。

そして・・・あとは神頼みです。

できないものができるようになる、という奇跡は起こりませんが、
積み重ねた時間は何かしら味方してくれるのでは、と思っています。

がんばりましょう。

  
 弘前音楽祭
 「音楽ネットワーク弘前合同コンサート」
   
   日時:11月28日(日) 12:30開場 13:00開演(17:00終演予定)
   会場:弘前市民会館大ホール
   入場料:500円(中学生以下無料)

プリマヴェーラは、出番1番です。(13:00~13:15)
弱音器を装着したマンドリンアンサンブルは、おそらく初めてだと思います。
興味のある方はぜひ聴きにいらしてください。
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# by michinokuhitori | 2010-11-27 23:09

保続音・・・・・・セレナーデ④

34小節目の1拍目のギター、3弦の音は鳴らしにくいのですが、弦楽合奏版のCDを聴くと、この音の上下が逆になっています。

「その方が鳴らしやすいし楽器法としても自然です。気が変わったらそれでやるかも・・・」と言う指揮者。

とりあえず作曲者を尊重するとどうなるか、ということを体験しておきたいので、今のところはそのままやります。

34小節目以降はしつこいくらい「ソ」が多いです。この、ソは保続音だと思って弾いてください。保続音というのは、簡単に言うと、金縛りにあうような感じで、それが続いたらそこから抜け出たいという思いにかられる感じです。上で和音が変わっても、同じ音が鳴っているとそれに呪縛されてしまうという効果なので、抜け出すとすっきりします。
1stも、2分音符のソは保続音だと思って弾きましょう。


11月28日(日)音楽ネットワーク弘前の合同演奏会でこのセレナーデを演奏します。
弱音器をつけての初めての演奏です。
マンドリン合奏の醍醐味は迫力!と思っているマンドリン関係者たちが多い中で、ただでさえ小さな音を、あえて弱音にして演奏するというのは勇気がいります。また、最近は、日常生活の中でも常に音があふれ、聞く努力をしなくても自然に音が耳に入ってくることに慣れている私たちですから、小さな音に耳を澄ます、という経験があまりなく、“聞こえない!”とも言われかねません。

でも、「人前で演奏するということは、どんな批判も受ける覚悟をしなければいけない」という指揮者の言葉を真摯に受け止め、
“研究会 プリマヴェーラ”は、マンドリンの新しい響きと可能性を求めて、演奏してみたいと思います。
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# by michinokuhitori | 2010-11-16 00:43