コンサートが終わってから初めての、普通の練習でした。
久しぶりに「アイネクライネ」を弾いてみました。この曲はレコーディングもしなかったので、みんなで弾くのは約2ヶ月ぶり。 最初に通してみました。 演奏が終わってからしばらく声が出ない指揮者・・・・・・・・^^; はぁ~~っという大きなため息の後、 「いかに皆さんが6月1日はがんばったか、ということがわかりますね~。」 あの日の躍動感や輝きはどこへ?・・・・・・同じ団体とは思えない演奏でしたね。 せめてコンサートの時の水準が保てるように、また仕切りなおして頑張りましょう。 さて、プリマヴェーラの今後のさらなる発展のためには、少しピッキングに磨きをかけることが必要です。 マンドリンの高音弦の音はキンキンしやすく、特に f の時には弾き方によってかなり耳障りな音になることがあります。鼈甲のピックのように先がとがっている形状のものは、その角度を変えることによって、音を丸く豊かな響きに変えることができます。 本来、鼈甲ピックのようなとがった形状のピックの利点は、エッジを使えることです。角度をつけると、ダウンとアップのサイドが変わります。この弦に当たる角度によって音が変わるのですが、大事なのは弦をリリースする瞬間です。これはギターも同じです。爪で弾いている人は、角度をつけてリリースする瞬間を意識すると音が変わります。 以前にもブログに少し書きましたが、ピックが弦から離れる瞬間の角度で音が決まります。ですから、最初にいい角度に設定しても弾く瞬間に角度が変わると意味がないのです。 今までも、角度をつけて狙って音を出す、ということを部分的にやってはいましたが、さらに、自分のピックが弦から離れる瞬間を意識してコントロールできるように進化していきましょう。 ドイツマンドリンのピックのように、厚みがあって弾力のあるものはエッジが使えないので、ピックの使い方が変わってくると思っていたのですが、先日、マンドリン奏者の「柴田高明」さんとお話する機会があり、ドイツマンドリンとピックを見せていただいた時に、必ずしもそうではないことがわかりました。厚みのあるピックは側面を削ってあって(削り方があるそうです)、ドイツでも基本は弦に対して斜めに当てる。つまりエッジを使って演奏する、ということでした。もっとも、柴田さんのピックはかなり鋭く削っていて、ここまで削っている人はドイツにはいない、とのことでしたが・・・。 ピックの角度や弦に対する倒し方を意識して、今持っているピックで、どうすればどんな音になるか、ということを考えながら、取り組んでいけば、豊かな響きや多彩な音色を獲得することが出来ると思います。 #
by michinokuhitori
| 2008-07-31 00:23
先日のチャペルコンサートの収益金を、「岩手宮城内陸地震」の義援金として、日本赤十字社に納めてきました。
「岩手県と宮城県とどちらに送りますか?」と聞かれちょっとびっくり。 別々なんですね。 せっかくなので、両方の県へ半分ずつ送ってもらうことにしました。 赤十字の人が言うには、最近はあちこちで災害が多くて義援金が減っているとのこと。 大変感謝されました。 演奏会当日のプログラムには、ミャンマー・四川への義援金に、と書きましたが、送り先が変更になったことを東奥日報の記者の人にお話したところ、新聞の義援金の欄に載せてくれることになりました。 被災地にとっては微々たるものでしょうけど、何かのお役に立てればうれしいですね。 #
by michinokuhitori
| 2008-07-17 00:41
FMアップルウエーブの「津軽いじん館」から出演依頼があり、板垣さんと二人で収録に行ってきました。先日のチャペルコンサートの新聞記事を見て、“初のコンサート”というところに着目したそうです。
2年前、プリマヴェーラが設立してすぐに一度出演しているので、今回は2回目。 前回は、「地道に練習を続けてレパートリーが増えれば発表の場も持ってみたい」というようなことを話したと思います。 今回は、設立から2年半経って、初めて独自のコンサートをしたということで、コンサートの話を中心にということでした。 本来は30分のトーク番組なので、間に4分程度の音楽を流して、あとは司会者とお話するのですが、特別にお願いして、演奏会の曲を多めに流してもらいました。 オープニングにバッハのメヌエットを1分程流してから開始。 バッハの「エール」、武満徹の「さくら」は全曲を、グリーグの「春」、メッツァカーポの「夢」は1分半ほど放送してもらいました。 合間に、曲のことや演奏会のことを少しお話しました。 でも、曲だけで15分を過ぎたので、トークは少しだけでした。 私は前回に引き続き2回目の出演だったのですが(実は別口もいれると3回目)、打ち合わせしたことと違うことを聞かれると、とっさに言葉が出ないものですね。^^; 言いたいことと違うことを口走ったりして、自分でももどかしい感じ・・・・ 板垣さんはさすがに落ち着いたもので、的確な応答をしていました。 放送は7月23日(水) 午後4時~4時30分 再放送が午後7時~7時30分です。 時間のある方は聞いてください。 #
by michinokuhitori
| 2008-07-10 23:53
プリマヴェーラの初めてのコンサートが終わった。 より音楽的な演奏を、という思いで始まったこのアンサンブルだが、参加メンバーが「音楽的」という意味をどれくらい理解しているかわからないままのスタートだった。 個々の音楽経験の差は大きく、最初は戸惑うことが多かったかもしれない。それでも、わからないままに、手探りしながら懸命にみんなで進んできた2年半だった。 音を音楽に変えていくためには、満たさなければいけない条件があって、それは本当に細かく面倒な作業であるということをメンバーのみんなは感じたことと思う。適当に出していい音は一つもなく、細心の注意を払いながら音を出していくことの難しさ。今まで参加していた団体とのギャップの大きさは計り知れず、何人かの人は、理解できずに会を去っていった。 それでも、そういう細かい作業の末に生まれてくる音楽がどれほど美しく、心地よいものかということを、少しでもみんなが感じてくれれば、この研究会をやってきた意味があると思う。 本番の1週間前、メンバー全員がそろった。 その日の練習は1週間前ということもあったが、今までで一番みんなの気持ちが集中した練習になったと思う。何の曲の時だったか忘れたが、指揮者とみんなと音楽が一体になったように感じた時があって、私は演奏しながらとても幸せな気分に浸った瞬間があった。うまく言葉では言い表せないが、それは本当に体の奥から沸々と湧きあがってくるような、ふわっと涙が滲んでくるような幸福感だった。過去に何度か、マンドリンを弾きながら同じような感覚を味わったことがあるが、アンサンブルをしながらそういう気持ちになったのは初めてのことだった。「こういう感覚を味わいたくて私はアンサンブルをやっているのかもしれない」と思った。 本番直前にアクシデントがあり、それを対処するために奔走した私は、自分の調整もできず気持ちの余裕もないまま本番に突入。いつもにも増して緊張した。初めてのコンサートということで、メンバーのみんなもかなり緊張していたと思う。それでも、今まで時間をかけて取り組んできたということは大きく、それなりの成果が出せたことに感動した。なによりうれしかったのは、マンドリンをあまり好まない音楽の専門家の方々から、それなりの評価を得られたこと。「マンドリンでああいう演奏ができるんだね。」という言葉は大きな励みになった。 繊細な楽器と形容されるマンドリンだが、本当に繊細な音を出しているマンドリンアンサンブルを私は今まで聴いたことがない。小さい音と繊細な音とは違う。音を出しながら作る沈黙の世界など、音に大きい小さいという概念しかなければ作ることは不可能だ。私達の演奏はそれが出来ていたかと言われれば、まだまだ模索の段階ではある。でも、そういう世界を意識しながら近づく努力は出来ていたと思う。またマンドリン合奏の中ではほとんど打楽器化してしまうギターも、本来の音色を生かすことができて、プリマヴェーラならではのサウンドを作れたような気がする。 当然のことだが、やはり指揮者の力は偉大だと思った。演奏技術も音楽的素養も低い私達を、ああいう演奏が出来るまでに引き上げてくれたのは指揮者の教育のお陰。まさに、素人でも音楽ができる、ということを身をもって教えてくれた結果だと思う。 こういう経験を喜びと感じて、さらに求めていくのか、それとも、細かい作業は面倒で、もっと気楽に楽しみたいと思うのか、今回の演奏会を経験してみんなの感想は様々だと思う。 演奏会を一つ終えて、今後メンバー自身が何を求めていきたいのか、個々に問われる時が来ていると思う。 #
by michinokuhitori
| 2008-06-06 16:54
青空みたら 綿のような雲が 悲しみをのせて 飛んでいった (リフレイン) いたずらが過ぎて 叱られて泣いた こどもの頃を 憶いだした 夕空みたら 教会の窓の ステンドグラスが 眞赫に燃えてた 夜空を見たら 小さな星が 涙のように 光っていた 武満徹の「小さな空」は1962年、TBSラジオドラマ「ガンキング」の主題歌になり、その後、武満さんの手によって混声合唱曲に編曲されました。 歌詞を読むと、子供の頃の思い出の中に、単に懐かしさだけでなく、悲しみやほろ苦さのようなものを感じます。武満さんが子供の頃というのはちょうど戦争の時代。貧しく苦しい生活の中で悲しい思い出もたくさんあるのでしょう。 武満さんの楽譜の中には、rall.......//とか、riten..../ とか意味不明な記号がたくさんあります。タイになっている最初の音にテヌートがついているというのもあります。武満さんは、この意味不明な記号の中に、日本人特有の「間」というものを表現したかったのでしょう。日本は「間の文化」といわれますが、音楽の中でも、カウントできない独特の間合いをみんなで感じて、その時の共通の気配で決めてぴったり合う、というのが日本人の特質だそうです。 先日もあるテレビ番組で、「鼓」のことを取り上げていましたが、「息を合わせて間を作り、大鼓小鼓の音色を生かす。」というようなことを言っていました。この間が非常に重要で、間が音を活かすのだそうです。「間によって日本人が自然の中で培ってきたイメージを引き出すのです。」というようなことを鼓の奏者の方は話していました。 もっとも、最近はKYな日本人が増えていますから、こういう独特な間合いというものをどれくらい感じられるかは疑問ですが、演奏するメンバー全員が同じ空気を感じて息を合わせられたら素晴らしいですね。 武満さんは、こうして「間」を作りだすことで、沈黙を喚起しようとしました。「沈黙、静けさこそが永遠だ」という言葉を好んでいたそうですが、武満さんの曲が沈黙の世界からやってきて、また沈黙に帰っていくということを感じさせる音楽が多いのもうなずけます。特にギターが大好きだったそうで、音を出した後に自然に減衰していく、というのは撥弦楽器の宿命ですが、常に沈黙と隣り合わせにあることを気づかせてくれる楽器として、ギターのサウンドが一つのモデルとなって武満さんの中にあったようです。 後半に出てくるギターのハーモニックスは、3番の歌詞の「涙のように光っている小さな星」をイメージして指揮者が編曲しました。 夜空に少し悲しげに瞬く星・・・・・ 混声合唱とはまた一味違った、撥弦楽器ならではのサウンドで「小さな空」を演奏できるといいですね。 #
by michinokuhitori
| 2008-05-30 12:29
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